ついに始動した宮城県ドクターヘリ事業。
東北大学病院は仙台医療センターとともに基地病院の一つとしてこれに参画しています。
事業の立ち上げに尽力し、フライトドクター?ナースとして活躍する小林正和医師、舘野美沙子看護師に話を聞きました。
舘野 運用を開始するにあたり、ドクターヘリで実績のある千葉北総病院で2週間の研修を受けたのですが、初めて搭乗したとき、こんなに早く治療を始めることができるんだという実感を得ました。その経験をもとに当院での運用準備を進めましたが、出動マニュアルの作成から必要な物品を揃えることまで、初めてのことに苦労の連続でした。研修から準備までの長い道のりを経て迎えた就航式では、デモ飛行するヘリを眺めながら、本当に始まるんだ、と体が震えたのを覚えています。
小林 私も研修として半年間、ひと月に2回程度ですが、山形県のドクターヘリに搭乗しました。山形県は交通の事情もありドクターヘリの需要が多く、年間の出動件数は約300件です。それに対して高速道路網が充実している宮城県で、フライトドクターとしてどのように貢献できるのだろうか、という不安と責任を感じ、身が引き締まる思いでした。
小林 数回の出動がありましたが、時間の感覚が全く違います。例えば今日も気仙沼から仙台市内の病院まで搬送したのですが、30分足らずで到着しました。救急車であればサイレンを鳴らしても2時間半はかかる道のりです。気仙沼市内の移動であっても場所によっては大きな病院まで1時間以上かかることもありますから、迅速さという点では、これまでとの差は大きいでしょう。
舘野 一般的に、治療開始が早ければ早いほど患者さんの予後が良くなる可能性が高いので、安全に迅速に医療を届けられるというのは大きなメリットです。また搬送先の選定も、フライトドクターが行います。患者さんから病歴などを聞き、適切な病院を決めて必要な準備を指示することもできるので、次の治療を速やかに始めることも可能です。
小林 特に人材不足の地域では、救急隊や地域の医療期間に勤務する医師が、移動のために長時間付き添う必要がなくなりますので、限られた医療資源を効率的に活用することにもつながります。これまで救急車の到着を数十分待って、さらに救急隊とともに長時間移動しなければいけなかった訳ですから、ドクターヘリで数十分で医師が到着して、さらにそこで治療を開始できるというのは、搬送の安全性が向上するのはもちろん、患者さんや救急隊の安心感も桁違いでしょう。
舘野 要請の時点では、患者さんの情報はほとんど入ってきません。専用の携帯電話に着信があるとヘリポートに駆け上がり、ドクターと2人で乗り込みます。その後、患者さんの情報が入り始めるので、現場に到着するまで打ち合わせをします。現場といっても、危険な場所に勝手に近づくことは絶対にありません。まずは自分の安全確保、その上で必要があればレスキューの許可を得てから行動します。
小林 患者さんを目の前にすれば、救いたいという気持ちで熱くなることも当然ありますが、物も人も限りがある中で的確に迅速に処置をするためには常に段取りを考え、チーム全体が速やかに動けるように指示しなければなりません。救命の現場は冷静さが第一です。声を荒げるようなことはないように心掛けています。
舘野 現場に着くと、患者さんのところへいち早く行きたくなる気持ちになるのですが、周囲の状況をしっかり判断し、チームとして冷静に対応できるように行動することも、私たちフライトナースの大事な仕事だと考えています。
舘野 既にドクターヘリを運用している他の県のように、当たり前のことができるようにしていきたいです。そのためには、私たち医療者だけでなく、医療者を運ぶパイロットや整備士、現場の安全確保をする救急隊員などの協力が必要です。安全に運航できれば、私たちは医療に専念することができます。さらに地域住民からの理解?協力も得て、出動件数を増やし、一人でも多くの人を救いたいと思います。
小林 ドクターヘリを呼ぶかどうかは、救急隊が判断します。現場の立地や患者さんの様子などから適切に要請できるように救急隊を教育するのも我々の仕事です。ひとつ一つの救命活動に全力で取り組むことはもちろんですが、ドクターヘリに関わるすべての人たちの連携を促し、宮城県の救急医療の底上げに貢献したいです。搬送の受け入れ先の調整に関しても、病院間の連携体制を築いていきたいと思います。
舘野 当院は受け入れる側の病院でもありますので、病棟などの看護師への周知や啓発もこれからの課題です。先日、職員向けのセミナーでお話をさせていただく機会があったのですが、参加者も多く関心も高いので安心しました。フライトナースの志望者も多いと聞いていますので、ロールモデルとなれるように頑張ってきたいです。
小林 他県でも出動件数は数年掛けて増えてきています。研修で行った山形県では、地域の方の日常にドクターヘリがある、という感覚だったことに驚きました。町中にヘリが降りてきて、付き添いのおばあちゃんに乗っていかない?と。救急車が来る感覚と変わらないのかもしれません。宮城でもそうなる日がくるように、今できることに力を尽くしていきます。