細川 われわれ歯科医師からすると、これまで歯科治療の対象になることを想定していなかった全身疾患を持つ患者さんが、近年治療に来られるようになってきました。また、抗がん剤治療や手術により、口腔のトラブルで入院が長引いている患者さんもいます。2015年4月に周術期口腔支援センター※1を立ち上げたのは、その方々に歯科として、チームとして対応していくためです。
石岡 がんの治療は、体にとって厳しい治療です。例えば、口腔の手術や消化管の手術などは、それだけで消化機能に障害が生じるのですが、さらに放射線治療や抗がん剤治療を行うと、口腔粘膜が痛み、追い打ちをかけるように食事ができなくなってしまうことがある。そういう患者さんは、途端に栄養状態が悪くなり、治る力も弱くなって、悪循環に陥ってしまいます。
笹野 「口腔は全身の鏡」と言われますが、口の中は全身の状態をよく表すのです。がん治療による影響はもちろんですが、それ以外にも様々な病気や体調から、口腔に症状が出ることがあります。
渡邊 頭とうけい頸部の悪性腫瘍は、飲み込みや呼吸、話すことなど、非常に機能的なところに関わってくる病気です。それに対して、手術や治療の前から口腔ケアを行うと、手術後の肺炎も含む合併症を減らすことができたり、その期間を短くしたりすることができるというデータがすでに出ており、歯科に介入してもらうことで非常に助けられています。
笹野 ?誤嚥(ご えん)性肺炎で亡くなった人で、その細菌がどこからきたかを遺伝子的に調べると、口腔から来ていたことが知られています。口腔というのは、全身の中で一番細菌数の多い場所の一つです。そのなかには、歯周病菌やむし歯菌、あるいは真菌だとか、いろんな菌がいます。ですが口腔の菌は、コントロールすることができるわけです。それが口腔ケアであり、口腔の菌を減らしてコントロールすることで、全身のいくつかの病気を予防することもできるのです。
細川 最近は、定期的に歯医者に行く方も多いので、例えばがん治療が始まって1年間かかりつけの歯医者に行けていないことを、とてもストレスに感じている患者さんも実はいらっしゃるんです。
石岡 そうなのですか。それは治療者として配慮が必要ですね。
細川 当院は、地域の歯科医院との連携が緊密です。かかりつけの歯科医へ行きたいという気持ちがある患者さんは、病棟の主治医や外来の主治医に、直接言っていただけたらと思いますね。
石岡 歯科では、地域の歯科医との連携は、今、どんなふうに行っているのですか?
細川 入退院の前後ですと、かかりつけ医と我々との間で常に確認の連絡を取りますので、患者さんがかかりつけ医の治療を引き続き受けられるよう調整します。また、緩和ケア病棟では、治療が途中になっている場合、かかりつけ医の治療を引き継ぐこともあります。
笹野 医科歯科連携について歴史的なことを言いますと、当院は、医学部附属病院と歯学部附属病院とに分かれていたわけですが、2003年に組織を統合しました。しかしその当時は、統合しても建物は別々ですから、医科の患者さんが点滴スタンドを引っ張りながら公道を渡って歯科へ行くというような時代。それから2010年にようやく歯科外来が移転し、かつては連携しようにも物理的にできなかったことが、今は同じ屋根の下でできるようになりました。周術期口腔支援センターもでき、いよいよ連携が密になってきているという経緯があります。
細川 私はもともと口腔外科医ですが、頭頸部外科の専門医の資格を取るために渡ったアメリカで、「歯科医師として、歯というものから全身を支えていくことはできないだろうか」という考え方に変わりました。例えば、口腔をきれいにしていくと関節リウマチや糖尿病が治ることがあります。実は歯周病というのは口腔に大きな潰瘍(かいよう)がある状態なので、そこで白血球の戦いが起こっており、そして全身に免疫疾患のような状態をつくっています。これをうまくコントロールして抑えられれば、結果としていろんな疾患が良くなるのです。そういった観点から、口腔をきれいにしたり、また入れ歯を作って咀嚼(そしゃく)できるようにすることで、歯科医師の立場として、全身の治療に貢献できたり、病気にならないようにすることができるのです。
渡邊 当院の良いところは、「キャンサーボード」という会議を実施していることです。頭頸部がんの患者さんに対 しては、口腔外科、予防歯科、耳鼻咽喉? 頭頸部外科が集まり、みんなで考え、治 療していこうという体制を1年前から つくっています。また嚥下(えんげ)※2? ?診療も複数 の科?職種で協力して行っています。 私たち耳鼻咽喉?頭頸部外科は咀 そしゃく 嚼な ど口腔については知識が弱いところが あるため歯科医師から勉強させてもら い、逆にわれわれの専門領域である咽 喉については歯科医師と一緒に勉強し ています。互いに得意な武器を持ち寄 って、患者さんのために良いことをし ていこうというのがコンセプトです。
石岡 腫瘍内科は、抗がん剤治療が主 要な専門領域ですので、歯科との連携 が必要なものとして、まずは副作用で ある口内炎の問題があります。それか ら、骨にがんが転移する骨転移の治療 薬として最近出てきたビスホスホネー ト系製剤(BP製剤)や抗RANKL 抗体薬は、口腔の衛生状態によっては 顎 がくこつ 骨の壊死を引き起こすという重大な 問題があり、薬を使う際には事前に歯 科に相談しています。歯科との連携の 重要性については、第二期がん対策推 進基本計画にも記載されています。当 院は、都道府県がん診療連携拠点病院 ですから、がん治療における地域との 医科歯科連携も大切です。
笹野 周術期口腔支援センターをつく った背景には、まさにそのことがあり ました。院内だけでなく院外でも、医 科と歯科の周術期に対する連携システ ムを作っていこうと。そのための教育 や講演もしていこう、といった目的も あるのです。
細川 患者さんがなぜ当院で治療を 受けるかというと、社会復帰して地域 に戻っていくためです。特に遠方の患 者さんにはその地域の歯科医とのネッ トワークをつくっておくことが重要。 私たちが今、歯科医師を目指す学生や 開業医の先生に対して情報発信してい るのは、例えば乳がん、肺がん、前立 腺がんなどは骨転移の可能性が高いの で、石岡先生がおっしゃったBP製 剤を使うケースが非常に多いというこ と。もしも将来BP製剤を使うことを 歯科が見逃してしまうと、あとからト ラブルになることがあるわけです。で すから、自分たちが直接使用するわけ ではなくとも、日進月歩で変わる治療 薬について、いろいろな知識を得なが ら、医科とも地域とも、連携していき たいと考えています。
例えば、80歳で20本の歯が残っている方がいて、その20本の歯に中等度の歯周病が起こっているとします。これは全身に対して、だいたい手のひらと同じ大きさの傷があることに相当します。歯周病の場合は、この傷が口の中にあるということになりますから、そこから菌がいくらでも入って全身に広がっていきます。そんなときに、抗がん剤などを用いた化学療法で白血球数を減らし、感染症を起こしやすい状態にするということは、実に危ないことなのです。