腸管不全関連肝障害の小児患者を救う 国内未承認の魚油由来ω3系脂肪乳剤とは
東北大学大学院医学系研究科小児外科学の和田基教授は、小児外科疾患の中でも、特に小腸や大腸などの消化管疾患を専門にしています。臨床現場で小児の外科的診療に努める一方、 臨床研究にも取り組んでいる和田教授は、今回、腸管不全関連肝障害(IFALD)に対する魚油由来ω3系脂肪乳剤「Omegaven?(オメガベン)」の薬事承認に向けた臨床治験をスタートさせました。
腸管不全とは、中腸軸捻転や先天性腸閉鎖症などの疾患のために、生命維持や成長に必要な栄養を吸収する腸管機能が低下してしまう病態です。腸管不全は小児に多い疾患で、腸で吸収できない栄養素を静脈栄養で補給しなければなりません。そして腸管不全の合併症として肝臓に重篤な障害を生じるのがIFALDであり、発症した場合は生命に関わります。「腸管不全から肝機能障害を起こす原因はさまざまありますが、大きな要因の一つとして静注用脂肪乳剤による長期にわたる静脈栄養が考えられます」と和田教授。特に小児は肝臓が未発達であるため、経静脈投与された脂肪乳剤を代謝する過程で肝機能障害を 起こしやすいと言います。
必須脂肪酸は体内で合成することができず、通常は食物から摂取しますが、腸管不全の患者は腸からの吸収ができないため、静脈栄養で補給します。静脈栄養に使用される脂肪乳剤には、大豆油脂肪乳剤、魚油脂肪乳剤、大豆油と魚油などを配合した 混合静注用脂肪乳剤がありますが、現在日本で使用が承認されているのは大豆油脂肪乳剤に限られています。ところが、大豆油脂肪乳剤に含まれる必須脂肪酸はω6系脂肪酸に偏っており、投与量が増えると炎症を引き起こし、脂肪肝や脂肪肝炎を引き起こすリスクがあります。さらに、大豆油脂肪乳剤に含まれる植物ステロールの毒性が、胆汁流出の減少や胆嚢結石を引き起こし得ることもわかってきました。一方の魚油脂肪乳剤はω6系脂肪酸が少なく、抗炎症作用があるω3系脂肪酸に富み、胆汁流出の改善や脂肪化抑制効果があるとされています。ω3系もω6系も必須脂肪酸としてバランスよく投与できることが理想ですが、現在の日本ではω6系の多い大豆油脂肪乳剤のみが承認されており、この使用が肝機能に悪影響を及ぼす原因の一つと考えられています。そのため、魚油脂肪乳剤や混合静注用脂肪乳剤の早期国内承認が望まれてきたのです。「米国など海外では魚油脂肪乳剤は承認されていて、静脈栄養をすると肝機能障害の予防だけでなく治療の上でも効果があることがわかっています。ですから、この魚油脂肪乳剤は腸管不全の小児患者に絶対に必要な薬剤なのです」。
医師主導治験をCRIETO がサポート 稀少難病抱える小児患者のため薬事承認に挑む
今回の治験で使用される魚油脂肪乳剤(商品名 Omegaven?)は、2023年現在、世界約 35カ国で使用が認められています。小児IFALDへの適応は2018年にようやく米国において認められました。本剤のIFALDへの効果は、日本でも2000年代後半頃から注目されており、和田教授は日本外科学会を通じて厚生労働省に国内承認の要望を行ってきました。「私が初めてOmegaven?を使用したのは2009年です。未承認薬の輸入?使用自体は難しくありませんが、国内で初めて使用するには、入手ルートをみつけて、輸入や使用の手続きも自分でやるしかなく、大変でした。ようやく使用できた時には、その小児患者はすでに手遅れの状態で、亡くなってしまいました。私はそのことが非常に悔しく、これまで本剤の薬事承認に向けて取り組んできました」。この間、日本においてIFALDの治療薬として本剤の希少疾患用医薬品(オーファン)指定申請が企業により行われましたが、当時、海外において小児の適応もIFALDに対する適応もなかったことなどから、企業主導の治験は難航しました。そこで和田教授は企業治験前提の要望を取り下げ、医師主導治験を企画したのです。
今回行われる治験の対象は、一定の適格基準を満たす15歳未満のIFALD患者です。全国十数施設の医療機関と協力し、約2年間で20例の治験実施をめざします。10年以上本剤の薬事承認に努めてきた和田教授ですが、医師主導治験を進めるの は容易ではなかったと言います。「われわれは企業が作成したプロトコルに基づいた企業治験を請け負うことはよくあるのですが、医師自ら治験のプロトコルを書く機会はありませんから」。そこで CRIETOが治験実施に向けたサポートを行い、計画を進めることになりました。「一番お世話になったのが、現在CRIETO開発推進部門長の池田浩治特任教授です。池田特任教授にはなにかと相談に乗っていただきました」と和田教授。 池田特任教授は医薬品医療機器総合機構(PMDA)の出身であり、今回の治験に際して医師主導治験のプロトコル作成や研究費獲得などをサポートしてきました。また評価項目を決めるための統計解析や、各関係施設や企業との調整など、治験全体のマネジメントもCRIETOで支援しています。和田教授は言います。「東北大学病院では、CRIETOという臨床研究を支援し てくれる部門が整備されており、各方面で支援を受けながら、ようやく治験実施まで来ることができました。国内には、他にもなかなか治験が進まない薬剤があるはずです。各機関?企業が連携をして、一日でも早く患者さんに必要な薬を届けていただきたいと思います」。
取材:2023年11月27日