医療法等の一部を改正する法律の成立により、「医師の働き方改革」が2024年4月より開始されます。開始後は、原則として医師の時間外労働は年間960時間以下、月100時間未満とすること等が医療機関には求められます。しかし、医師の業務は容易に短縮できるものではなく、限られた医療資源をいかに効率よく活用するかという運用上の課題も同時に問われています。そこで東北大学病院は、医療現場における労働環境と病院経営を両立して改善できる手段の提案を目指して、日本電気株式会社(NEC)との実証実験を2022年10月より開始しました。東北大学病院が取り組むスマートホスピタルプロジェクトや医療現場へ企業を受け入れニーズ探索の機会を提供するプログラム「アカデミック?サイエンス?ユニット(ASU)」と、NECが持つAIによるデータ解析技術との共創により、これらの社会課題に向けたソリューション開発が期待されます。今回は、CRIETOバイオデザイン部門の中川敦寛部門長、東北大学病院耳鼻咽喉?頭頸部外科の石井亮助教、NECバイオメトリクス研究所の辻川剛範主任研究員による鼎談を行いました。実証実験の経緯、取り組み内容、今後の展開などについてレポートします。
スマートホスピタル実現のために企業と共創を推進
——今回「医師の働き方改革」のソリューション開発に取り組むことになった背景を教えてください。
中川)病院長の冨永悌二教授は、2019年の就任後、すぐにスマートホスピタルプロジェクトに着手しました。当院におけるスマートホスピタルの定義では、病院は患者さんやご家族はもちろんのこと、われわれ医療者にとっても居心地のいい場所であるべきとしています。当院では、本プロジェクト実現のために企業とのアライアンスの徹底と、最新テクノロジーの積極的な導入という2つの戦略をとっています。旧病床機能を企業に提供し、医療現場の視点を取り入れた共同研究開発を実施するオープン?ベッド?ラボ(OBL)や2014年より推進してきたASUなどを活用し、テクノロジーの実証実験や、企業とのコ?クリエーションを進めています。こうした背景があり、今回、最新のデータサイエンス技術を持つNECと「医師の働き方改革」に対するソリューション開発を実施することになりました。
辻川)今回、ASUやOBLといった東北大学病院のフィールドを活用させていただいたことで、実際の医療現場を観察できることの意義を実感しました。私たち非医療者は、患者として診察を受ける時以外に医師の働く姿を見る機会はほとんどありません。ASUを活用して患者さんの診察だけでなく、カンファレンスや文書の作成など医師の方々の業務を広範囲に観察する中で、いかに医療者が長時間勤務をされているのか分かりました。そうしたリアルな体験を通してこそ、本当に現場が必要とする解決策へとつなげられるのだと、認識を新たにしています。
医師の働き方を診察?診断し、課題解決に向けた治療法を探る
——今回の実証実験はどのような内容ですか。
中川)例えば、医師が患者さんの病を治すとき、まず患者さんの病型や重症度などを診断し、それから治療方針を決めていきます。医師の働き方にも患者さんを診療するような視点を取り入れ、働き方の病型?重症度診断をし、病態生理に応じた治療法=ソリューションを探っていくことで、本質的な課題解決につなげる。これが今回の取り組みの根本的な考え方です。
辻川)まずは課題解決に向けた治療の前に、医師の働き方の診断による課題抽出が重要であるということを、医師の方々との議論を通して共有しました。診断の段階では、医師の業務量に加えて、さらにその質にも深く踏み込んだ調査を行っています。また、ウェアラブルデバイスから脈波や汗等の生理情報を取得し、心理的ストレス度をデータ解析するという実証実験も進めています。治療に関しては、例えば自然言語処理、音声認識といった情報処理技術を用いて、電子カルテにかかる時間の削減などを考えています。これら一連の作業にAIを活用し、業務課題の抽出と具体的な改善策を自動で導き出す「医師の業務改善要因解析モデル」の実用化を目指しています。
石井)本実証実験では、当院耳鼻咽喉?頭頸部外科が調査の対象となりました。当科の患者さんは、手術で長期入院する方もいれば、外来ベースで治療を行う方もいて、医師の行う業務にも比較的幅があります。そうした当科の特徴から、中川部門長から今回のお話をいただいたものと考えています。これまでNECの方々には実際に現場調査に入っていただき、どの業務にどれくらいの時間を使っていて、それが全体にどのような影響を与えるのかという調査を一緒に進めています。