まず可視化し、現状を理解することでボトルネックに対処する
——実際に取り組みを始めて気づいたことはありますか。
辻川)私たちは、「当社の技術を使えばこの課題は解決できそうだ」といったことを念頭に置いて観察するのですが、NECサイドだけで議論していると、一番時間がかかっている業務に目が行きがちです。しかし、医師の方々のお話を伺うと、例えば「そこの時間削減も大事だが、こちらを効率化するほうが外来の受診人数を増やせる」といった意見もいただきます。単純な時間削減だけではなく別の副次的な効果も得るためには、ASUを活用した深い議論がとても重要だと感じました。
石井)われわれ医師は、働き方に対する自覚症状が不足していたことに気づかされました。私たちはよく「忙しい、忙しい」と口にしていますが、実際、外来にどのぐらいの時間をかけ、どの業務をもっと効率化できるかなどについては、あまり把握していなかったのです。ですから、まずは働き方を可視化し、現状を理解することが医師にとって重要と思います。また、もう一つ個人的に感じたのは、このような状況のために、患者さんに説明する時間と内容にも制限が生じているのではないかということです。今後、時間の使い方で効率化が図られていくと、患者さんへの説明や医療提供の質が、より向上するだろうと期待しています。
中川)現状の可視化は間違いなく必要なことだと思います。働き方改革のボトルネックになっている要素は、病院によってまったく異なります。マーケティング領域では、自社製品?サービスの対象市場内に存在する顧客をニーズや特性等に応じて細分化する活動をセグメンテーション(「区分」「区分け」細分化した個々のグループ(セグメント)ごとにニーズや特性にマッチしたマーケティング施策を実施することで、効果や効率の向上が見込める)を行うことから始めますが、働き方改革でも要素を細分化して考える必要があります。各要素に対応するパーツを石井先生のように熱意ある現場の方々に作っていただき、それらを組み合わせることで、病院ごとのボトルネックに対処できる製品ができるという仮説を立てています。
さまざまな立ち位置からホリスティックデザインを描く
——今後、どのように展開していくのでしょうか。
辻川)当面の目標は、やはり2024年4月から始まる医師の働き方改革に関する制度の施行に向けた製品化です。そのためには、2022年度中には当社が持つ技術の見当を付け、2023年度上期中には実証実験がほぼ終わった状態にしておく必要があります。そして、最終的には東北大学病院に留まらず、社会全体の課題解決策としてサービスを展開していきたいと考えています。
石井)外科的な仕事がメインの医師は、手術の時間が長いですし、さらに通常の外来診療、患者さんやご家族への説明、時には手技の研さんのために要する時間もあり、決まった時間内に全ての業務を収めるのが難しい現状があります。ただ、われわれ医療者は単純に働く時間が短くなればいいというわけではなく、患者さんにより良い医療を提供しなければなりません。医療の質と提供の仕方までを含めた広い視野で考えなければならないと思います。そのためにASU を活用した共創が必要になるのですが、医療者側と企業側とでは働き方改革に関する考え方や、使用する言語などに違いを感じる場面もあります。また同じ病院内においても、上層部と現場とですり合わせが必要な部分があります。私は現場で働く医師の立場から、随時そうした修正の必要な部分に関するフィードバックをしていきたいと思います。
中川)これから私たちの医療環境で解決していく課題は、コロナ禍で経験したように、ますます複雑で定義すらなく、しかも時間経過とともに変わっていくようなものばかりになっていくと思われます。そういった中で、エンジニアはエンジニア、医療は医療といったやり方ではうまくいかないでしょう。ビジネスとサイエンス、それぞれの理屈に基づいた意見が交わされなければ、いい製品はできません。ただ、そこには言語の違いという課題があるため、インターフェイスとして間に入る人材が必要です。当院では、ビジネスリエゾンという形でビジネスとデザイン思考を身につけながらインターフェイスの役割を担う医療者の育成に努めています。今回のNECとの事例もそうですが、現場や経営者に求められるような“コンテキスト” を創ることが技術と同じくらい大切であることをしばしば経験します。そのようなコンテキストを創るべく、今回の取り組みでも、香取教授のリーダーシップの下、石井先生を中心に多くの皆さんと協力して経営者、事務長、各診療科長、現場の医師?看護師など、それぞれの立ち位置で要素を分けて、念入りな聞き取りを行っています。このように、私たちが企業と一緒に取り組む製品や開発を行う際には、使った方が「これが欲しかった!」と言ってくださるよう、コンテキストができるようなデザイン(ホリスティックデザイン)を描くようにしています。
患者さんにやさしい医療と、最新テクノロジーを用いた医療と調和した病院の実現が、当院の理念です。今後、労働人口が激減し、医療費はどんどん上がっていきます。こうした需要と供給のすさまじいミスマッチの時代をどのように解決するか。より質の高い医療を提供するため、テクノロジーを活用することのできる医療者を目指し、皆で知恵を出し合って、スマートホスピタルプロジェクトの流れを続けていきたいと考えています。そういった意味でも、今回のNEC との取り組みはぜひ成功させたいと思っています。
【サポートメンバーインタビュー】
東北大学病院
リハビリテーション部 技師長
理学療法士
村木 孝行(むらき たかゆき)
——実証実験の受け入れはどのように行っていますか?
以前より、NECの担当者がクリニカルイマージョンのプログラムに参加されていたことから、共同研究を行っていました。当リハビリテーション部からは3名の理学療法士が共同研究者として参加し、今回の実証実験でも用いられているようなウェアラブルデバイスの妥当性検証を当部門の三次元動作解析装置を用いて行い、これまで2編の研究論文を発表しています。今回の実証実験では、当部署の理学?作業?言語の各療法士がリハビリテーション記録や関係書類の作成をどのような時間帯にどのように行っているのかを現場で観察していただきました。観察は現場のさまざまな位置から行っていただき、観察者が疑問に感じた点は各療法士に質問していただき、ディスカッションを進める形で受け入れています。
——期待していることを教えてください。
これまで私たち、リハビリテーション関連職種は、医療や地域の現場が主な活躍の場でした。NECとの取り組みのように企業と一緒に活動させていただくことで、社会課題に対して企業と解決に取り組むという新たな活躍の場があることを知りました。リハビリテーション関連職種にとってモチベーションが向上するとともに、企業側にとっても医療側の経験や知識を得ることにより、事業やプロダクト開発の進むべき方向性の参考になっていることを実感しています。今後、ますますこのような取り組みを行い、現場で働くリハビリテーション関連職種が社会課題の解決に貢献できることを期待しています。
東北大学病院
未来医療人材育成寄附部門
クリニカルスペシャリスト
奥山 節子(おくやま せつこ)
——どのような役割でしょうか?
クリニカルスペシャリストは、バイオデザイン部門が窓口となって実施しているASUをはじめ、医療現場で課題解決を行うプログラムに参加する企業の皆さんの活動を支援しています。現在は看護師経験者のスタッフが参加者と医療現場との調整のほか、観察の手法についてもアドバイスをします。同時に、未来に向けてより優れた医療の実現につながるようデザイン思考を用い、医療者の立場からブレーンストーミングに関わったり、参加者によい現場観察をしていただくためのブートキャンプの運営を行ったりと多岐にわたります。
今回は耳鼻咽喉?頭頸部外科の病棟や外来へNECの皆さまに同行し、現場観察や今後の実証実験が円滑に進められるよう調整などをしています。
——期待していることを教えてください。
実証実験では医師業務の課題抽出と改善策を提示することを目指しています。この要因解析モデルは医師の労働環境の改善や健康維持、非医療業務の効率化などに対応できる素晴らしいものになるでしょう。複雑な医療界でこれを実現するには、さまざまな難題に遭遇するかもしれませんが、是非乗り越え、確立していただき「医師の働き方改革」ついでは医師以外の医療従事者の働き方の改善につながっていくことを願っています。
東北大学病院
ベッドサイドソリューション
プログラム インターン
東北大学医学部医学科5年
三浦 友裕(みうら ともひろ)
——どのような役割でしょうか?
病院の課題とNECの技術の親和性を考え、最初に取り組むべき課題について検討しました。製品の開発のために、機能や価格の決定だけでなく解決すべき課題を明らかにする必要があったため、まずデスクトップリサーチやインタビュー、現場観察から病院の課題を言語化しました。また、どの程度のコストや機会損失があるか、課題が生じる背景や効率化できる部分を考え、課題の大きさを順位付けしました。そして課題とNECの技術の親和性をスコア付けすることで、取り組むべき優先順位を明らかにし、製品化のステップをより具体的にしました。
——学生の視点から感じていることを教えてください。
医師の働き方改革は自分の将来につながるため、今後どのような変化があるのか関心があります。現在は多くの医療機関が働き方改革の準備をしています。私の年代はワークライフバランスを重視する方も多いため、働き方の適正化によって人材の獲得に影響があるのではと感じています。
今回の実証実験の成果が普及することによって、医療者の生産性がさらに高まることを期待しています。将来的には患者さん個々人に最適な医療を提供し、医療者も時間的?精神的余裕を持てるようになれたら理想的だと考えています。