慢性骨髄性白血病として開発 肺炎の重症化も防ぐPAI-1 阻害薬
世界中で猛威を振るい、未だ収束の兆しすら見えない新型コロナウイルス。予防手段としてのワクチンが開発され、順次、投与が進んではいますが、ゼロになることはないであろうこの感染症への対策として求められているのは治療薬の開発です。レムデシビルなどが治療薬として使用されていますが、特効薬と呼べるものは今のところ存在しません。新型コロナウイルス感染症の約80%は軽症で経過しますが、特に高齢者や基礎疾患を持つ患者などは肺炎が重症化し、肺障害や呼吸不全に至ることがあります。さらに、血栓ができて症状が悪化すると、患者の生命は危険にさらされ、医療現場の逼迫を招いてしまいます。つまり、新型コロナウイルスにかかってしまった場合に、いかに重症化を防ぐかが治療のカギとなるのです。
現在、血液学を専門とする張替秀郎教授を代表者とするグループは、血栓を防ぐという観点から新型コロナウイルスによる肺炎に対するPAI-1阻害薬TM5614の医師主導治験を進めています。血液中には血栓を溶解する作用をもつプラスミノーゲンが存在しますが、その活性化を阻害する物質がPAI-1であり、TM5614とはそのPAI-1を阻害することによって血栓の溶解を促す化合物です。PAI-1 は、血栓の溶解を阻害するだけではなく、炎症や腫瘍、老化などにも関与しているとされており、TM5614はもともとは慢性骨髄性白血病に対する根治薬として東北大学大学院医学系研究科宮田敏男教授によって開発されたPAI-1 阻害薬です。慢性骨髄性白血病は張替教授の専門でもあり、治験はそちらが先行しています。
血栓の溶解を促し、肺の炎症を改善する作用もあるPAI-1阻害薬TM5614は新型コロナウイルスによる肺障害の治療薬としても有効ではないかということでこの治験が始まりました。
肺炎の重症化を防ぐ治療薬の開発は、患者の延命のみにとどまらず、医療現場の負担軽減、人工呼吸器や人工肺(ECMO)といった医療資源を有効活用する上でも大変重要です。さらに、最近問題視されている感染症軽快後の後遺症の軽減にもつながるものと期待されています。さらに、肺炎の重症化を抑える治療薬として現在使用されているもののほとんどが静脈投与であるのに対してPAI-1 阻害薬TM5614 は錠剤のため、外来で処方し、自宅やホテルで療養中の患者にも投与できるという点でも医療現場のニーズにかなっています。PAI-1 阻害薬TM5614の人に対する安全性は慢性骨髄性白血病の治療薬としての治験ですでに立証されているため、本治験はスムーズに「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)肺炎に対するTM5614 の有効性および安全性を検討する探索的第II 相医師主導治験」として実施される運びとなりました。
有効性をさらに評価するために治験は次のステップへ
「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)肺炎患者に対するTM5614の有効性および安全性を検討する探索的第II相医師主導治験」は、TM5614の安全性と臨床効果を確認することを目的に実施されました。治験期間は2020年7月~2021年2月で、実施施設は東北大学、京都大学、東海大学、東京医科歯科大学、および神戸市立医療センター中央市民病院。軽症~中等症の新型コロナウイルス感染症肺炎患者を対象にTM5614錠を、14日間経口投与するという方法で行われ、目標症例数30例のクリアには至らなかったものの、27例の登録がありました。対象の患者に対する安全性が確認できたため、次の段階へ。TM5614錠を投与した人だけの評価では不十分ということで、2021年度にプラセボを使用したランダム化試験を始めました。
新型コロナウイルスによる肺炎の治療薬として開発中のPAI-1阻害薬TM5614は、宮田教授の研究成果をもとに設立された東北大学発バイオ企業である株式会社レナサイエンスとの連携で進められています。宮田教授がコンピューター工学を用いて1,200以上の新規誘導体化合物の中から薬効、動態、安全性、物性の指標で最終的に選択した化合物を治験薬として使用するための製剤化を担当し、アメリカやトルコでも有効性を確かめるための治験を行うなど、重要な役割を担っています。また、医師主導治験の効率化?円滑化には欠かせない治験調整事務局はCRIETOが運営にあたり、実施施設への資料提供、諸手続きなどを全面的にバックアップ。東北大学の総合力を結集し、開発を推進しています。
「感染症の患者さんは特殊病棟に入院しているため、治験の説明を行うにも同意書に記入してもらうにも、通常とは違ってとても大変です。また、今後の感染状況によっては医療現場が治験に対応する余裕がなくなるかもしれません。次の治験は、目標症例数も多く、実施施設も大幅に増えます。治験の進捗は感染の波に大きく左右されることになるでしょう」と今後の展開に厳しい見方を示しながらも、2022年の実用化を目指したいとする張替教授。With コロナ、コロナと共存していく覚悟が求められるこれからの社会、重症化を防ぐ治療薬が一日も早く開発されることを誰もが待ち望んでいるからです。
取材:2021年3月31日 一部改定:2021年10月19日