※m3.com地域版『東北大学病院/医学部の現在』(2023年3月31日(金)配信)より転載
「早期からの緩和ケア」が世界的に広がりをみせている。日本においてもがんの診断時やがん以外の疾患に対する緩和ケアの提供が求められる一方で、依然としてがん終末期の医療というイメージが根強い。緩和ケアの正しい理解と普及に奔走する東北大学病院緩和医療科の井上彰教授と田上恵太講師に同院の取り組みについて聞いた。(2023年1月20日インタビュー、計2回連載の1回目)
――緩和ケアが示す意味について教えてください。
井上) 緩和ケアというと終末期に行われるケアであると思われている方は少なくないかもしれません。実際にWHOは1990年から「治癒を目指した治療が有効でなくなった患者に対する」ケアであるとしていました。しかし、2002年には、病気による痛みや精神的な不安を取り除き、治癒の難しい疾患でも生活の質(QOL)を改善し維持するための医療と再定義しています。緩和ケアは、終末期に限らずより早期から提供されるべきものであるという方針を示したものです。しかし、医療現場であっても依然として終末期の医療というイメージが残っており、早期から受けられる医療であることを知っている人はまだ多くはありません。
田上) “あしき”レッテルを貼られてしまっているような印象です。ホスピスケアを発端としているということもありますが、さまざまなメディアで緩和ケアを”死”と連想させて紹介されることが多いことも影響していると思います。特にメディアの影響は大きくて、ドラマなどで「いよいよがん治療の手は尽きました。緩和ケアに移ります」という言い方をよく見ますし、診療の現場でも、「がん治療が受けられなくなったので、緩和ケアです」と主治医から言われる経験をしている方も多いと聞きます。もちろん、終末期医療も緩和ケアの一部ではあるので間違いではないのですが、がん以外の病気も対象であることやもっと他の役割があるということを知っていただく必要があると考えています。
――どのような取り組みをしていますか。
井上) 東北大学病院の緩和ケア病棟は、2000年に国立大学として初めて設置されました。設置当初はやはり終末期医療がメインで、外来も緩和ケア病棟に入院する方のために診療するという位置付けでした。15年ほど前から緩和ケアの概念が世界的に変化してきたのと共に、本来の緩和ケアを提供するための体制づくりと病院内での浸透に力を入れてきました。
具体的には、まず2007年に緩和ケアチーム(通称「サポーティブケアチーム」)を立ち上げました。がん以外の病気も含め、他の診療科の病棟に入院中の患者さんに対する緩和ケアを支援するチームです。看護師や薬剤師、メディカルソーシャルワーカー、管理栄養士、理学?作業療法士などと協働して、痛みなどの症状や不安や落ち込みなどへの対処、療養方針の支援など多様なニーズに対応しています。さらに2015年に緩和ケア外来を開設し、通院中の患者さんに対する緩和ケアを支援しています。緩和ケア病棟、緩和ケアチーム、緩和ケア外来のそれぞれが有機的に関わりながら、一体となって緩和ケアを提供する体制です。
――ご苦労されている点は。
井上) やはり人材です。緩和ケアは多職種で行うチーム医療ですが、東北大学病院ではがん治療に関わる医療者の入れ替わりが早く、緩和ケアの大切さを感じてくれた医療者が異動してしまいます。それはそれで他施設で緩和ケアを広めてくれれば良いのですが、われわれとしては人材が流動する中でも緩和ケアの意義を院内に浸透させていく必要がありました。患者さんはもとより、医療者に緩和ケアチームに紹介してください、と言っても最初はなかなか難しいものです。まずは知ってもらおうと、普及のために、院内の各所にポスターを掲示しました。ポスターを見て、一度関わって良さを実感してもらえて、徐々に依頼が増えてきました。
田上) 患者さんだけではなく、医師や看護師さんに、緩和ケアがいかに患者さんに貢献できるかを分かってもらえることが大事だと思います。また最初に話した通り、緩和ケアというフレーズの先入観によってケアを避けてしまい、せっかくのサポートを受けられないことはデメリットが多いので、「緩和ケアチーム」を「サポーティブケアチーム」という名称に変えたことも奏功したと思います。井上先生の尽力で、5年前から緩和ケアチームが支援した患者さんが一気に増えてきました。2019年度以降は2チーム制として、新規依頼件数は500件から550件で推移しています。外来の患者さんを合わせると700人以上の患者さんに専門的緩和ケアを提供しています。
――どのような依頼がありますか。
田上) がん治療中の患者さんの痛みの対応が多いですが、2割から3割はがんを取り切れている方やがん以外の疾患の方、「眠れない」というご遺族の精神的な苦痛への対応、また多くはないですがサバイバーの方も来られます。心不全や認知症などの非がん疾患の方もいらっしゃいます。いずれも、多職種で構成されたチームでの対応が必要となります。
井上) 例えば、精神疾患をお持ちの方であれば、緩和ケアの専門医だけでなく、中国体彩网がフルサポートしてくださって患者さんの不安軽減につなげています。当院にはサイコオンコロジーの専門の医師もいますし、リエゾン精神医学と言って、重篤なけがを負った方やせん妄の方などを専門的に診る医師にも対応していただいています。また、当院の特徴でもありますが、歯科の先生方からもかなり助けていただいています。例えば、がん患者さんは免疫力の低下や抗がん治療の副作用で口腔粘膜が荒れやすかったり、顎骨の異常が起こりやすいのですが、ケアの相談をすると入院外来に関わらず、迅速に対応してくれています。
また、臨床宗教師の金田諦晃氏にも力になってもらっています。2016年から週3回、臨床宗教師として緩和ケア病棟で患者さんとお話をしてくださっています。最初はボランティアとしてサポートしてくださっていたのですが、患者さんの心のうちを丁寧に聞いて力になってくださる姿を見て、勤務してもらうようになりました。全国の大学病院で臨床宗教師を職員として正規雇用しているのは当院だけです。
――患者からはどのような感想が聞かれますか。
井上) 金田氏と関わった患者さんの多くが救われていると感じています。家族だからこそ言えないことや、医師や看護師、医療者ではない別の立場の人だからこそ話せることがあるのだと思います。看護師さんにいつもいい顔をしている患者さんも、金田さんにはボソっと、病院のスタッフには言えないんだけど、と話される方もいると聞いています。
【取材?文=東北大学病院 溝部鈴、撮影=東北大学病院、田上恵太】