医科に活用し得る歯科業界の技術すでに先行事例も
飯久保:病院にとってプラスになるという点では、歯科には口腔ケア以外にも医科にとって役立つことがいろいろとあるんじゃないかと思っています。例えば歯科技工もこれからの医療を発展させる可能性があるのではないでしょうか。例えばエピテーゼなんかがそうです。それ以外にも、顎の手術に足の骨を使う場合に、足のCTから足の手術のシミュレーションをした手術用ガイドを作製したりという技術を歯科技工が担っている例があります。
亀井:手術のシミュレーションとして私たちも3Dモデルを少し手がけたりはしていますが、専門家ではありません。歯科の技工士さんが例えば胸の中の血管のモデルを構築するとか、そういう可能性もあるのかもしれませんね。
江草:歯科技工士さんは歯の被せ物や入れ歯などを作っているイメージがあると思いますが、当院の歯科技工室では最新のデジタル機器を整備しており、外科の先生方と共同して患者の骨モデルをコンピューター上で構築し、3Dプリンターで作製することで手術前のシミュレーション支援もしています。今後は血管モデルについても歯科技工室と医科の連携ができるのではないかと期待しています。海外では手術室のエリア内にこのような設備が整備されていて、医師の要請に応じて手術部位のモデルを作ってシミュレーションに役立てる、という事例もあります。それを歯科技工士と連携して行うのも、ダイナミックな多職種連携の可能性としてはありそうです。
細谷:顎顔面に関わるエピテーゼは歯科技工士の関われる範囲です。養成する時のカリキュラムあるいは制度の改革も伴うかもしれませんが、その様な歯科以外の精密な制作に歯科技工士を活用するという道も確かにあり得ますね。
亀井:大変興味深いです。手術のシミュレーションで言いますと、今は低侵襲手術といって小さな穴を開けて、モニターを見ながら行う手術が多く、自分の頭の中で体内の組織の位置を構築しながらやっているんですが、例えば少し血管の奇形があり、アプローチに工夫が必要だといった症例などに非常に有用ですね。
江草:現在、当院の歯科部門ではデジタル化を進めており、昨年、歯科技工室にデジタルルームを新設しました。そこではコンピューター、スキャナー、3Dプリンターを用いた歯科技工やシミュレーションによる手術支援に取り組んでいます。
亀井:そうでしたか。それをまだ知らない医師も多いかもしれません。ほかに私たちが専門とするがんの領域ですと、今トピックになっているフクソバクテリウムや口腔内常在菌が発がんに関与している、あるいは悪性化に関与しているという知見がたくさん出てきていて、口腔ケアによる発がん予防の研究が今盛んに行われていますね。
江草:東北大学には東北メディカル?メガバンク機構があり、口腔内の細菌叢(さいきんそう)も採取されていますので、そういった観点からすると今後おそらく日本の中、世界の中でも口と体を結ぶ拠点となり得るのではないかと期待しています。
情報発信し連携深め両思いの関係で地域の人々の幸せに貢献
飯久保:これは私が実際に手術入院して経験したことでもあるのですが、術後しばらくは何も食べずに横になっていましたが、一口食事をしたところ、あっという間に全身に元気が戻ったように感じました。食べることができる口腔環境であるかどうかというのが、術後の回復にもつながると思うのですが、いかがでしょうか。
亀井:それはもう、絶対その通りだと思います。術後の体の回復は、腸を動かすというのが原則なんですね。かつては静脈栄養で寝て回復を待つという感じでしたが、今はそういう時代ではなくなってきました。食べることができるのであれば早めに食べてもらう。その方が元気になるのも早いです。
江草:手術前に患者さんの口の中をきれいにするという認識は医師の先生方に届くようになったんですけど、歯の被せ物や入れ歯などを専門にする我々としては、手術の前後に食べることができるようにするという認識も「愛し(医と歯)の関係」から深めていきたいですね。口から食べることができるように咀嚼(そしゃく)と嚥下(えんげ)の機能を維持するのは、手術の患者さんに限らず、非常に大事なことです。
飯久保:実際にどのぐらいの咀嚼機能があるような人が手術の回復が早い、というようなデータを出すのも大切ですね。
細谷:ぜひともやっていただきたいです。大学病院で咀嚼嚥下障害に関する医科歯科連携はあるんですか。
飯久保:あります。2019年に嚥下治療センターが設置されて、医科歯科だけでなくリハビリテーション部や栄養管理室で合同カンファレンスを開くなど、多職種で嚥下機能の治療や検査を行なっています。
江草:口にかかわる大きな手術は医師と歯科医師が一緒にカンファレンスしながら進め、最終的に噛んで食べられるようにするところは歯科医師の担当に移行していくのですが、治療の早い段階から医科と歯科がお互いに患者さんの症例を理解しながら進められる体制になっています。
細谷:実は今日まで、大学病院では医科歯科連携がどの程度進んでいて、どのように連携されているのか私はほとんど分かっていなかったのです。今日の話を聞いて、ほう、そういうことをすでにやっていたのかと初めて知ったような状態です。
江草:そこは反省点なんですよね。
飯久保:今後、医科歯科連携のホームページを立ち上げて、どのような連携があるのか具体的に見ていただけるようにしたいと考えています。
入野田:ぜひお願いします。われわれ歯科医師会の会員も意識改革が必要で、従来以前の歯科治療に専念することももちろん大事ですが、それだけではないということを認識していくことも重要だと思いますので、ぜひ大学の方からそういう最新の情報を発信していただければと思います。
江草:それは私が歯科部門長になってぜひとも取り組もうと思った部分で、まず「愛し(医と歯)の関係」というキャッチコピーができましたので、この広報誌で地域の歯科の先生方に知っていただいて、この後ホームページを作って市民の方々にも見えるようにして、できればその後、公開講座なども行っていきたいです。
亀井:それはいいですね。
江草:宮城県に住んでいる方々に、われわれは医科歯科連携の進んだ高度な医療を享受できる幸せな地域で暮らしているんだということを認識していただけるようにしていきたいです。そうすれば自然と、医師会、歯科医師会の会員も病院も含めて、両思いのより良い関係になっていくと信じています。
飯久保:今日はありがとうございました。